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タイトル/ジャケット |
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PYG ゴールデン・ベスト PYG GOLDEN BEST |
[CD] 2004年 2月25日発売 制作:UM3/USM Japan 発売・販売:ユニバーサル ミュージック CD番号:UICZ-6050 価格:税込\1980 当初はソニー、東芝EMI 、フォーライフのレコード会社3社の共同企画だった『ゴールデン・ベスト』シリーズだが、入門篇または決定盤として分かりやすい編集方針のために売れ行きも好調だったのか、その後ユニバーサル(以前のポリドールと日本フォノグラム)も加わり、この名の下に様々なアーティストのベスト編集盤CDがリリースされている。 その中で、2003年11月26日に発売されたタイガース等に続いて編まれたもの。 18曲入り(CD1枚の収録可能時間ほとんど一杯)で税込価格が\2000を切るというコストのためか、写真点数は少ない。 しかし、歌詩掲載だけではなく解説ページも多めに確保されている。 監修およびライナー執筆は小野善太郎(えとせとらレコード)。 |
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曲の内容に関するデータ/コメント | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
タイガースに比べるとPYGのベスト編集盤は実に数が少ない。(⇒下記で触れているPYG編集盤の曲目一覧等はこちらにて) LPでは1枚もなく、カセットのみで『PYG 自由に歩いて愛して 花・太陽・雨』(アポロン/PS-1007)と『栄光のPYG ベスト・アルバム』(アポロン/KLF1074)の2種類がリリースされたことが確認されているが、CDでは1998年12月16日に渡辺プロダクション・渡辺音楽出版の足跡を音楽面からたどった全40タイトルの内の1枚として(タイガース等と共に)発売された『PYG ヒット・コレクション』(WPC7-8586/ワーナーミュージック・ジャパン)がPYGの名を冠した唯一の編集盤だった。 カセット『栄光のPYG ベスト・アルバム』にはアルバム未収録のシングルAB面の8曲が収録されていたが、CDの『PYG ヒット・コレクション』では何故か「おもいでの恋」だけが欠落。 続けて1999年3月25日にリリースされたオムニバスCD 『ニューロックの夜明け・番外編/ポリドール・ニューロック・シングル集 自由に歩いて愛して』(ブルース・インターアクションズ=ポリグラム/PCD-1468)にもPYGのシングル音源6曲が収められたので、前記CDの不足を補完するものと期待されたのだが、こちらでも「おもいでの恋」は欠落していた。 となると、マスター・テープの紛失、またはアーティスト側の何らかの事情によるものかと思われたのですが、実はこれらのCDでの選曲者がネタ本としたに違いない黒沢進・著『日本ロック紀 GS編』(シンコー・ミュージック刊/1994年10月25日初版発行)の巻末に記された「1970-1972 ニューロック・ディスコグラフィー」でのPYG項目で「遠いふるさとへ」のB面が「初めての涙」となっている間違いを鵜呑みにしたことによる結果ではないでしょうか。 ちなみに、これは黒沢氏の本の段階で発生したミスではなく、黒沢氏がチェックしたはずの当時のポリドールのレコード・カタログに、このような表記がされていたのですが、黒沢氏と面識のあった筆者の指摘により、この本の再版時には修正されていたと思われます(その後の確認はしてありませんが)。 なお、この必携本は長らく絶版となっていましたが、2004年3月下旬に「日本ロック紀 GS篇 Complete」として同じくシンコー・ミュージックから出版予定(→その後の情報で、発売日は延期されるとのこと)。 今回はレコード・ジャケット写真が全点カラー化とのことですし、さらに資料の充実度アップは当然ですので、絶対に買いましょう! ここでは前述のPYGの資料部分も訂正されているはずですので、この本とこのCD 『PYG ゴールデン・ベスト』で、リリースから30年を経て、やっとPYGの残した音源や資料がキチンと整理されるということになる訳です。 その後「おもいでの恋」は2001年4月15日にリリースされたオムニバスCD 『フリー・フォークの夜明け』(新星堂 SPW-10013)』に「遠いふるさとへ」と共に収められています。 また、それ以外の各種オムニバス盤でのPYG収録状況に多少触れますと、「花・太陽・雨」(基本的にシングル・ヴァージョンだが、アルバム・ヴァージョンの場合も)と「自由に歩いて愛して」は収録されることが比較的多いですが、それ以外では「遠いふるさとへ」が1989年6月25日発売のCD 『日本ROCKの逆襲 SUPER SINGLES』(ポリドール/H00P-20338)に収録されていた程度でしょうか。 さて、この編集盤の監修者として、ご説明。 上記のような過去の経緯もあるので、今回はPYGのリリースしたシングルのAB面を全曲収録することが大前提。 アルバムからのシングルカット「もどらない日々/何もない部屋」も挟んで、まず全5枚のシングルのAB面10曲を収録。 加えて、他のアルバムからの選曲ということになる訳です。 (ちなみに、タイガースでの前例のように当時の音質の悪い未発表ライヴ音源の収録も考えられないことではなかったのですが、この『ゴールデン・ベスト』シリーズのコンセプトを重視して、まずは正規音源からの収録を基本姿勢としました) 実は収録時間的にはスタジオ録音の音源、すなわち『PYG! オリジナル・ファースト・アルバム』をまるまる収めることも可能なのですね。 しかし、それでは乱暴ですし、今までPYGの編集盤には収められたことのないライヴ盤『FREE WITH PYG』からも収録したいと思い、あえてファースト・アルバムからはシングル曲の別ヴァージョンのみを選んで3曲収録、そしてライヴ盤から海外のロック曲のカヴァーを除いたオリジナル曲のみ全5曲を抽出してみたら、合計で77〜78分と、ちょうどCD1枚の収録可能時間ギリギリに収まりますので、これで決定!(選曲してみれば、いたってシンプルなのですが…) CD 『PYG! オリジナル・ファースト・アルバム』、『FREE WITH PYG』、『PYG ヒット・コレクション』、『フリー・フォークの夜明け』の4枚をお持ちの方には、あまりありがたみはないかもしれませんが、そうでない方には、特に最近では『PYG ヒット・コレクション』は入手が難しいはずですので、PYGのアルバム未収録の全音源が\2000を切る定価で聴けるのは大変に結構なコスト・パフォーマンスではないかと思っています。 また、このCDから入門された方がPYGの全正規音源を聴くには、多少曲はダブるとはいえ、『PYG! オリジナル・ファースト・アルバム』と『FREE WITH PYG』は廉価盤価格で現在も一般的に販売されていますので、これを揃えれば全部です。 『PYG! オリジナル・ファースト・アルバム』では、このCDでは聴けない曲が4曲+ここではライヴ・ヴァージョンで収録されている曲のスタジオ・テイクが2曲聴けます。 2枚組のライヴ盤『FREE WITH PYG』では、ディープ・パープルやローリング・ストーンズのカヴァー14曲を聴くことが出来る訳です。 なお、このCDでのライヴ部分は『FREE WITH PYG』から曲順通りに抽出したものですが、元のライヴ盤では別の曲が挟まる部分も上手くつながっているのではないでしょうか。 そして、こうしてオリジナル曲だけのライヴを聴くと、まるで外国ロックのカヴァー優先のようにさえ感じられもする当時のコンサートのコンセプトとは別の趣きもあると思われるのですが…。 さて、このCDのライナーでも触れましたが、シングル「遠いふるさとへ/おもいでの恋」と「初めての涙/お前と俺」がリリースされたのは1972年後半で、その時期には、すでに沢田研二は春先の「許されない愛」のヒット以降、すっかりソロ歌手として活躍していましたし、萩原健一が役者として一般的に注目を集めたTVドラマ『太陽にほえろ!』も同年の夏には放映がスタートしていました。 当時すでにPYGの実体は無いような状況だったはずですが、そうした中でPYG名義のレコードがリリースされたことで混乱した記憶があります。 しかし、これらの内の「お前と俺」以外は、どうやら1971年の秋頃、ドラマーが大口広司から原田裕臣に代わった後に、まとめて録音されたらしい。 そして、その時はどうやら「初めての涙」がA面で、「遠いふるさとへ」か「おもいでの恋」がB面の候補だったのですが、その年には発売されず、約1年後に2枚のシングルに分けて発売されることになったようなのです。 前記のポリドールのレコード・カタログに間違って掲載された「遠いふるさとへ/初めての涙」というシングルのデータには、当時のレコード会社側も混乱していたことが窺えるのではないでしょうか(この辺りは筆者の想像部分が多いことですので、ライナーには書きませんでしたが、カタログのデータ担当者は、「初めての涙」のシングルがリリースされるはずなのに、「遠いふるさとへ」が次のシングルになると聞かされた時、カップリングの候補としてあった「初めての涙/遠いふるさとへ」のAB面が逆になったのだろうと単純に勘違いしてそのように掲載した、のでは?)。 あくまでPYGメンバー側が考える音楽的展開としては「花・太陽・雨」→「自由に歩いて愛して」→「初めての涙」というラインがあったのではないかと思われます。 試しにその順番で3曲だけを通して聴くと、実に納得出来る流れが感じられるはずですが…。 しかし「自由に歩いて愛して」リリース後は、営業的にキビしい状況ゆえに沢田研二と萩原健一の独立と井上バンドとしてのバッキング演奏活動以外の選択肢は許さなくなって来て、PYGのシングルでの音楽的構想は破綻せざるを得なかったと思われてなりません。 それが1年後にリリースされた理由は不明ですが、おそらく仕上がっていないデモ・テイクのままと思われる「遠いふるさとへ」が先にA面としてリリースされたことで、さらにリスナーの「?」は大きくなり、その後の「初めての涙」は当時パブリシティもほとんど無かった記憶がありますが、まるで注目されないという結果になったと思われます。 そのB面「お前と俺」が、TVドラマ『太陽にほえろ!』使用曲の「怒りのテーマ」に井上堯之のリード・ヴォーカルを乗せた曲だったのも、この時点では録音に沢田研二も萩原健一も参加する構想はなく、シングルB面穴埋めのための苦肉の策だったのでしょう(ちなみに、1974年になってレコード化された時の「怒りのテーマ」とは別演奏)。 しかし、当時の歌謡TV番組で、演奏する「井上堯之バンド」、唄う「沢田研二」が別々にクレジットされ、そこにゲストとして「萩原健一」が加わって「初めての涙」(だったと記憶していますが)を披露する時、クレジットが「PYG」と変わるのには驚いたものです。 そうか、PYGはグループサウンズ時代のようなパーマネントなグループではなく、もっとフレキシブルなバンドの形態を目指していたのかと、衝撃と共に理解したような気がした訳ですが、それはむしろ筆者の勇み足で、あくまでPYGのメンバーは固定的なグループをこそ考えていたようです。 もっとも、解散はせず、ソロ歌手や役者としても活躍するフロントマン2人と付かず離れず存在している井上バンドのスタンスに刺激されて、かの細野晴臣は「はっぴいえんど」後のバンド「キャラメル・ママ」では(メンバーに強力なヴォーカリストが居なかったことも一方の制約条件だったとはいえ)、吉田美奈子、荒井(松任谷)由実、南正人、小坂忠から、雪村いづみ、アグネス・チャン、南沙織まで、様々なシンガーのバッキングを担当することで、むしろ自らの音楽的主張を確立する、という方法論を構想したのではないかとも思われますが、それは別の話ということで…。 なお、同シリーズの『タイガース ゴールデン・ベスト』同様、最新デジタル・リマスター」「ルビジウム・クロックCDカッティング」と明記されていますが、以前とは異なって、アナログでの音質に沿うようなリマスターが施されたとのこと。 前のCDとは違って聴こえるでしょうか? |
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