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ジャケット/タイトル |
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曲の内容に関するデータ/コメント | |||
(ジャケット裏面) |
1970年11月20日発売 レーベル:ポリドール(発売:日本グラモフォン) レコード番号:DP-2079 価格:\400 また、現品は未確認のままですが、レコード会社名が「ポリドール」に変更された再プレスがあると判断されます。 封筒型ジャケットで、裏面はAB面を入れ替えたタイトルのクレジットと写真掲載(左下の写真) 歌詩カードは別紙で封入(下記の写真) |
誓いの明日 [PROMISE FOR FUTURE] (3分35秒) 作詩=山上路夫/作曲=クニ河内/編曲=(クレジット無し *後には、クニ河内とされている) 録音日に関しては正確な資料が見当たらないが、当時のスケジュール表では1970年9月4、5、8日に「レコーディング」と記述されているように(その日に本当にレコーディングされたかは不明にしても)、発売時期から逆算しても、アルバム『自由と憧れと友情』の他の収録曲と共に、この9月上旬に行われたことは間違いないだろう(このアルバム収録曲の一部は、すでに6〜7月頃にも録音されていたようだが)。 リード・ヴォーカルは沢田研二。 フェイド・インして始まる形式は珍しいが、そのような曲として名高いビートルズの「エイト・デイズ・ア・ウィーク」辺りを参考にしたのだろうか(それとも、同じくビートルズの1969年初夏リリースの「ゲット・バック」?) この後の12月15日に発売されるLP『自由と憧れと友情』にも収録されており、そこからの先行シングル・カットという形だったが、こうしたケースはタイガースでは珍しく、これと「廃虚の鳩」のみ。 オリコン・チャートでは最高18位。 ランクイン中の売り上げ枚数は57,000枚。 発売時にはともかくも、翌12月上旬には解散が正式に発表され、これがタイガースのラスト・シングルと認知されたはずなのに、「君を許す/ラヴ・ラヴ・ラヴ」と並ぶタイガースでの最低ランクといい、その半分以下の売り上げ枚数といい、有終の美を飾るような成績は残していない。 1971年1月24日の解散コンサートでも唄われたが、その時のライヴ・テイクがアルバム『フィナーレ』に収録(途中、ジュリーの「ヘイ、ピー!」の掛け声の後、スタジオ・テイクでのラテン・パーカッションに代わって、瞳みのるによるドラム・ソロらしき部分が少しだけフィーチャーされているが、これはレコード化の際に短く編集されたもので、実際のステージではもっと長かったようだ)。 また、再結成タイガースの『1982 LIVE』『A-LIVE』にも、別々のライヴ・テイクが収録されている。 さて、以下は筆者の考察ですが…。 B面曲共々、実はタイガース解散を前提として書かれ、発表されたはずのタイトルと歌詩(ジャケット写真も)だが、11月20日の発売時には、そうした意図を持つものとはファン側は誰も思わなかっただろう。 しかし、続けて次月に発売されるアルバム『自由と憧れと友情』に込められた(秘められた?)メッセージと併せれば、メンバーの意志は明確にファンに伝わる、はずだった。 もしくはダイレクトに、そのLP発売と同時期にメンバーからファンに対して解散が正式発表されることになっていたのかもしれないが、いずれにしてもタイガースの最後に関してはメンバーが主導権を握る、それこそが自分たちの最低限のアイデンティティと考えていたと思えてならない。 ところが12月上旬、スポーツ紙にスクープ記事が掲載されたことにより、解散発表はアルバム発売以前に「なし崩し」的に行なわれることになってしまった。 そのために、メンバーが考えたはずの(美しい)構想は無に帰してしまったのではないだろうか(筆者には、記事はスクープではなく、渡辺プロ側が最後まで主導権を手放さないためのリークだった、と思えるのだが)。⇒アルバム『自由と憧れと友情』参照 さて、解散発表に至る経緯の裏が実際にどうだったのかはともかく、とにかくファンは裏切られたと感じ取ったと思われるが、それは永遠不滅のはずだったタイガースが解散して無くなってしまうという単なる喪失感に止まらず、共に青春を生きた、理想の、憧れのメンバーが最後まで自立出来なかった(あるいは、そうさせてもらえなかった)ことに対する大いなる幻滅の感情だったのではないだろうか。 …そうしたファンの無言の抗議は、前記のこのレコード売り上げの低い数字にも表れたように感じられる。 出発のほかに何がある [NOTHING BUT DEPARTURE] (3分28秒) 作詩=ジャン得永/作曲=森本太郎/編曲=(クレジット無し *後には、クニ河内とされている) 録音日の資料に関しては上記曲と同様。 イントロダクションの語りは沢田研二だが、リード・ヴォーカルは岸部シロー。 シローのリード・ヴォーカルがフィーチャーされたシングルは、これのみ。 この曲はアルバム『自由と憧れと友情』では1曲目に収録された。 作曲したのは、メンバーの森本太郎。 作詩者のジャン得永は、GSのメンバーが常連だった美容院経営者の夫君とのことだが、どのような経緯で、その詩が取り上げられたのかは不明。 この曲も解散コンサートで唄われ、そのライヴ・アルバム『フィナーレ』に収録されている。 |
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